【私達の理念───普通の人達を裁判禍から守る為に】

「裁判」という単語を聞いたら多くの人は何を思い浮かべるだろうか。

大概の人は裁判自体とは「関わりたくない」と思っている。「裁判のことを知っておいた方がよい」と言われても、キョトンとするだけではないだろうか。確かに裁判に関わる人は、全人口の数パーセントにも満たない。関わらないし、関わりたくもないと思っているだろう。

しかし、もし裁判所と関わってしまった貴方、裁判所と裁判官の余りの異常性に必ず閉口し、必ず地獄を見ることになります。

当事者の事情は全く無視され(というよりも、被告であれ原告であれ法曹関係者以外は裁判所の眼中にはない)、問答無用で裁判所は公判の開廷日時を決定する。

裁判所の書記官や調査官は、被告や原告に対して恫喝や脅迫まがいの真似をし、平然と公式文書の捏造を行う。

そして裁判官は、有り得ない理屈を並べて有り得ない判決文を書き散らかす。その判決文自体が、常人では理解出来ない文章になっている。そして公判記録を簡単に廃棄していく。

なぜこんなことが罷り通るのか┅。

殆どの国民があまりにも裁判所を知らない。普通の人達が裁判所の実体を知ろうとしても、巨大な鉄のカーテンが立ち塞がっているのだ。

裁判官がどれだけ異常な主張、判決、行動をとっているかを知らない。だから、もし訴訟に巻き込まれたら「裁判禍」ともいうべき地獄をどれだけ見るのか想像出来ないのである。

普通の人達が裁判所によって地獄を見ない為に我々が求めるのは───、

裁判所の異常性を普通の国民が知ることが出来るようにすること。

裁判所内での書記官等の裁判所職員との交渉は全て記録することを義務化する。公判前に行われる当事者や法曹者との交渉、公判後の裁判官が判決を出す為の合議、何より公判は全て映像記録として残し裁判所だけではない公的場所で保管することを求め、実現させていく。

それが「普通の人達」を“裁判禍”から守る方法であり、私達の理念である。