廃棄された「奈良少年自宅放火殺人事件」
●4 奈良家裁本庁(番号42)
平成18年に奈良県田原本町で発生した、高校1年生の男子生徒による自宅への放火殺人事件
【事件概要】
奈良自宅放火母子3人殺人事件とは、2006年6月20日の朝の5時頃、奈良県田原本町で少年(16歳)が自宅に放火して自宅を全焼させ、継母と異母弟妹を焼死させた事件である。
少年は父(47歳)と、父の再婚相手である少年にとっての継母(38歳)、父と継母との間に生まれた異母弟(7歳)妹(5歳)の一家5人で生活していた自宅に放火し、継母と異母弟妹が焼死した。父は仕事の都合で自宅に不在だった。 少年は全焼した住宅に住んでいたが、焼け跡からは少年は発見されなかった。少年は放火後に自宅を脱出し行方がわからず電話連絡も通じない状況だったが、6月22日に京都市内で警察官に発見され、放火を認めたので逮捕された。 放火して3人を殺害していることを重視した検察官は、本件は家庭裁判所から検察庁への逆送致による刑事処分相当との見解を示して、少年と捜査資料を家庭裁判所に送致した。
少年の父は、妻(少年の実母)に対する身体的または精神的なドメスティックバイオレンス、少年に対する身体的または精神的な児童虐待の常習者だった。少年の実母は、夫(少年の父)からの暴力に心身ともに耐えられなくなり、少年の実妹(当時3歳)を連れて別居し、少年が小学校1年の時に離婚が成立し、少年の親権と養育権は父、少年の実妹の親権と養育権は少年の実母が得た。実父母の離婚後は、実父の考えにより、少年は実母と実妹とは交流も連絡も遮断され、一度も会っていない。少年の父は少年の幼児期から、父のように医師になることが唯一絶対の正しい価値や生き方であるという考えに基づいて、医師になることを強要した。少年の学校の試験の成績が実父の要求値より低い場合には、いつも以上に激しい暴力により虐
待されていた。また少年は自宅でも居場所が無かったためか息抜きの場所が学校であったと語っており、持っていたマンガ本は友人にあげていたという。
少年の父は少年の実母と離婚後、同じ職場で働いていた医師と再婚した。少年は継母や異母弟妹とは円満な関係だった。少年は父との関係については、父の期待に応えて医師になろうとする気持ちと、父から医師になることを強要され、学校の試験の成績が父の要求よりも低いと身体的・精神的な虐待を受けることに苦痛や恐怖や屈辱を感じる気持ちの、両方の感情を抱いていたが、成長するにつれて苦痛や恐怖や屈辱を感じる気持ちが大きくなっていった。そして、ついには父が仕事で不在であることは分かっていながら、この苦痛や恐怖や屈辱にはもう耐えられない、自分の生活環境をすべて破壊してこの状況から脱出したいという感情により、自宅に放火した。なお、継母と異母弟妹を殺害する明確な意思はなかったという。
【裁判所の処遇】
2006年10月26日、奈良家庭裁判所は、少年の精神鑑定により先天性の発達障害と異なる虐待による後天性の広汎性発達障害と診断されたこと、及び少年の生育環境や生活状況から、この事件の根本的原因は少年の父の考え方や言動が少年を精神的に追い詰めて、その状況に精神的に耐えられなくなった少年がその状況から脱出しようとして放火したものと認定し、少年の更生には刑事処分よりも保護処分が適切と判断し、少年を中等少年院に送致する処分を決定した。
【僕はパパを殺すことに決めた】
家庭裁判所からの依頼により少年を精神鑑定した医師が、ジャーナリストの草薙厚子氏からこの事件を解説する著書(『僕はパパを殺すことに決めた』というタイトルで発行)の参考にしたいから鑑定資料を開示してほしいと要求した。医師が草薙に渡した資料を基にして草薙が著書『僕はパパを殺すことに決めた』を発行したことに対し、鑑定医が刑法第134条の秘密漏示の罪で起訴され懲役4月執行猶予3年の有罪判決を受ける。一方、草薙は不起訴だった。これにより、同医師は2012年11月28日より1年間の医業停止処分を受ける。同医師は処分の取り消しを求める請求を行ったが大阪地裁は請求を棄却した。この処分について同書の出版元である講談社は重過ぎる処分であり容認できないとの見解を表明している。
(Wikipediaより)
【資料廃棄調査結果】
廃棄時における管理職は、前任者から本件記録の保存場所の引継ぎを直接受けた。また、本件事件は奈良では有名だったこともあり、担当職員から本件記録を廃棄対象とすることについて相談を受けた。当該管理職は、社会の耳目を集めた事件も2項特別保存の対象となることは理解していたが、その基準はよく分からず、本件事件は、先例となるような事件ではなく、親子間で発生した事件であったことや、継続的に報道されていなかったことから、全国的に社会の耳目を集めた事件でもないと考えた。そのように考えた背景には、記録庫の狭隘の問題があり、また、2項特別保存の対象とならない記録を廃棄せず、事実上の保管をすることを最高裁や高裁が問題視していると考え、粛々と記録廃棄の手続を進めるべきと考えていたことがある。当該管理職はインターネットで本件に関する記事を検索したところ、他の全国的な著名事件のような報道はなく、保存規程に従って所定の廃棄スケジュールに乗せるのが相当と思った。当該管理職は、2項特別保存に付するか否かの判断権者は所長であるものの、実質的には別の管理職が決めると考えていたが、同人に相談することは思い浮かばず、廃棄の手続を進めた。結局、誰からも、所長に対し相談や正式に諮られることはないまま、本件記録は廃棄された。
★参考文献
草薙厚子『僕はパパを殺すことに決めた』講談社、2007年。
草薙厚子『いったい誰を幸せにする捜査なのですか。』光文社、2008年。